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この記事の最終更新日は 2015年2月27日 です。現在は状況が異なる場合がありますので予めご了承ください

父親、妻、長男 VS 長女、次男、次女、三女

なんか、おもしろい戦いだよな。幕末の戦いを見てるようだ。できれば、二つに割って戦ってどちらかに倒れてもらいたいものだが、このブランド名がないとイケヤやニトリとは勝負できんのだろうな。


ootukasan

ワンマン経営

服屋で客に声をかけて服を羽織らせると高確率で売れるらしい。これが本当なら、おれはイケメンや美女でコミュ力の高い店員を雇う。でも、おれみたいに誰にも声をかけてほしくない客もいると思う。

安価なホムセン、イケヤ、ニトリの存在があるから、中高級家具路線で走るのはいいと思うけど、この会員制の接客販売の仕方は皆がいうように古い感じがする。
多分、ここの店行く客って富裕層寄りで金を落としやすい客なんだろうけど、グラフ見ると現状は売り上げが落ちているようだ。需要のある層が減っているなら方向転換は必要だろう。


くみやん

くみやんの言ってる入りやすい店とは、イケヤ、ニトリのように家具を安くしたいんじゃなくて、中高級家具の路線は捨てずに会員制だけを取り除いて、客が入りやすい店にしたいんかな。最初、欲の強いただのバカなのかと思ったが、震え上がるような学歴と経歴の持ち主でバカはおれだったという。なにか煮詰まった経営戦略でもあるのかもしれん。
ちなみに、高級なブランドイメージがあるなら、低価格路線に変えると一時的に売り上げは上がるかもしれないけど、この家具屋は倒れるんじゃないかな。

会社のアイデンティティみたいなものをぶっ壊されるのが親父は嫌なんだろうか。親父は5人の子供を取るより、1,740人の社員を選ぶようなこと言っていたが、この後ろにいる人間と社員、株主には「くみやん派」がけっこういるんじゃないかなと思う。

家具の価格みたけど、おれみたいな底辺には関係の無い店だった
絶対に入れないし、店員がストーカーしてくる仕様らしいが、おれの傍には店員は寄ってこないだろう。

大塚家具は創業者である大塚勝久が取り入れた、広告宣伝費の大量投入と「入店時に顧客名簿を作成し、店員が顧客について回る」という積極的な接客により“結婚後のまとめ買い”需要を取り込むことで成長。2001年12月期には営業利益75億円でピークを迎えた[5]が、その後住宅需要低迷や新興勢力の台頭、さらには自社株買いに伴う不祥事による課徴金で業績が低迷[6]。このため2009年3月の株主総会で、創業以来社長を務めてきた大塚勝久が会長に退き、後任に勝久の娘(長女)で旧富士銀行(現みずほ銀行)出身の大塚久美子を社長に昇格させた。
久美子は勝久の用いた接客方法が「利用客の心理的な負担になり、客足を遠のかせる」と判断、店舗にカジュアルな雰囲気を施して積極的な接客を控える手法を取り入れ、10年以上減り続けてきた入店者数を増加に転じさせるなど業績改善に一定の効果をもたらした[5]。しかし、これが「自身の築いた経営路線の否定」と映った勝久は2014年7月、取締役会で業績不振を理由として久美子社長の解任を提案[6][5]、これが可決されたことで勝久が社長を兼務し、久美子のとった路線をすべて否定し、従前の「ワンマン経営」とも言える経営手法に戻した施策を採り始める。ところが、社長交代後も業績はさらに低迷。
26年12月期の単独営業損益が4年ぶりの営業赤字に転落する状況となったことを受け、2015年1月28日の取締役会では、久美子の社長復帰・勝久の会長専任を決定する。この取締役会で勝久は久美子の社長復帰に反対し、取締役7人のうち4人の賛成で可決されたという[6]。当時の取締役は大塚勝久会長、長男の勝之専務、長女の大塚久美子取締役、経営学者の阿久津聡一橋大学大学院教授、弁護士の長沢美智子元学習院大学大学院教授、及び元大塚家具従業員で娘婿の佐野春生流通本部長と、同じく元従業員の渡辺健一営業副本部長であったが、勝久会長側についたのは長男の勝之専務及び渡辺営業本部長であったとされる[7][8]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/大塚家具

学歴

長男・・・芸術学部卒→大塚家具入社
「いつもは喧嘩しても皆でご飯食べて~それで解散してたんです。」

長女・・・一橋大学卒、富士銀行に入行後コンサルティング会社を立ち上げ→大塚家具に入社
「理解されないという所は私の力不足・努力不足ということもあると思いますけれども結果として理解されなかったということについては非常に残念に思っています。」