言語が発達してなかった石器時代に生まれたほうが幸せだったのかもしらん

TVとか見ていて自称コミュ障の芸能人に「いやいやあんたコミュ障ちゃうやろが」て突っ込みたくなることがあるのは、コミュ障にも色んな種族が存在するからだろう。

コミュニケーションってよく言われるように相手と自分の気持ちをやりとりする「キャッチボール」みたいなもので、相手が投げてきたボールをちゃんと返せるか&相手が返しやすいボールを投げられるかだと思う。

わしの人生で登場したコミュ障は下みたい種族。こういう種族とコミュニケーションをとるのは正直疲れるが、それはおれも同族だからだろう。なんと奇遇な!

・常に球を投げられないアウアウ
・仲良くなるまで球を投げてこない
・必要最低限の単語でしか投げ返してこない
・3人以上になると球を投げられなくなる
・いきなり鉄球(重い話し)を投げてくる
・魔球(マウンティング)を放り投げてくる
・こっちの球を取らず自分が用意した球しか投げてこない
・スタミナや肩が弱くてすぐに球切れをおこす
・変化球(ジョーク)が通じない

まあまあ人の皮をかぶって相手と自分の気持ちをやりとりすることや、話しにのっかることも可能だが、ひきこもる手前から相手の顔を伺ったり、気つかったりするようになって、仲のいい親友以外とコミュニケーションをとるのが非常に苦になった。

正直、人に気をつかわない5ch、ツイッター、ブログなんかで一人野球してたほうが楽だ。(いやツイッターは人間のふりした人が多いから気つかうものか)。ちなみに昔は人に気をつかわない真逆の人間でした。

本当の自分を見せなきゃ友達なんかできない

そういや、かなり前にコメントで「友達ってどうやって作るん」的なことを聞かれたが、その時、友達がいない人なんて存在しないと思っていたから、失礼なことを言ったやもしれん。ごめんなさい。そもそも友達なんて自然にできるものだと思っていたでござる。逆に今のわしは友達を作ることが難しいかもしらん。

以前、アマゾンプライムで見た「ガールズ・ステップ」を見て共感したんだが、友達って本当の自分をみせないとできないと思うよ。自分をつくろって誰にでもいい顔してたら本当の友達はできないし、そんな人生ゲームはリセットボタン押したくなるほど疲弊すると思う。それでも出来ないってことはまあ何かあるんだろう。

あとおれの親友の定義は気が合う+空気みたいな存在+何でも話せる仲。空気ってのは悪い意味ではなくて、1mmも気を使わないような人間って意味。例えば、気を使わずに「バカ」「ハゲ」「デブ」「氏ね」とか平気で言い合える仲で、家に来て隣で無言でゲームをしたり漫画を何時間読んでたとしても何も気をつかわないような関係。

そういう友達は一生の内に指で数えるほどしか出来ないと思ってるし、映画「スタンドバイミー」でも主人公がおっさんになって言ってたけど、不完全な状態の若い頃じゃないと作ることができないだろう。

tschick